気づいたときが綴り時

下書きを溜めこまないのが目標。不定期更新

トンボは理想の男の子。

 

このまえの金曜ロードショー

 

 

魔女の宅急便

 

 

 

何回みてもどんなに感動しても細かいことは忘れちゃうタイプなので

「(どこがかは覚えてないけど) 魔女宅いいよな〜好きなんだよな〜 」と思いながら見ていて

 

思い出しました

 

やっぱりジブリ作品大好き、

登場人物が魅力的だし

舞台に描かれている街も人も。

エッセンスとして、大人が忘れちゃったような気持ちが散りばめられているところとか。

 

音楽を聴けば、キキに会えるような

自分がキキになったような気すらしてきますよね。

かならず といっていいほど、印象に残る曲が添えられているのもジブリ作品の特徴と思っています

 

 

 

 

 

 

それじゃあ、具体的に好きなところを。

 

 

 

〜魔女ノ宅急便ノスゝメ〜

 

♦︎ ジジが可愛い(ド定番 )

キキの家族。お友達。どこへ行くにも一緒

魔女にペットとして飼われている猫、という感じでは全然なくて、

作中では心配したりジョークを言ったり率直な気持ちを言ったり(今の本当にあの人の孫?ベッ!)

キキと軽快な「日常会話」を繰り広げます。

ホットケーキを食べる習慣はないけどジジのためにホットケーキを焼きたいし

一緒に仕事したいし一緒にどこへでも出かけたい。

 ジジは、キキ自身の心の声だという話もあるけど

どうなんだろう。わたしの心の声もジジだったら可愛いのに。

ちなみにウチには、お人形のフリをし続ける(?)ジジがいます

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♦︎ トンボ (ここ大事)

トンボってジブリの他の男性キャラクターに負けないくらい魅力的だし、素敵な子だと思うのに

魔女の宅急便 トンボ 好き」

魔女の宅急便 トンボ 男 理想」

魔女の宅急便 トンボ 魅力」

とか

検索しても全然ヒットしないから本当に驚きました。なぜなの。

(たしかに見た目は千と千尋の彼やハウルハウルと比べたら普通の男の子ではあります。巷では( ☍̱ )を探せに似てるとか言われる始末だ)

わたしが彼を好きな理由は、

【まっすぐなコミュニケーションをしてくれるから】です。

 これは

恋の構成成分が “好き。だから仲良くなりたい!” でできてる

10代特有の素直さだとも思うけども、トンボは 自分が傷つくとか、どう見られるとか、恥ずかしいとか

自分が行動するデメリットなんかまるで考えちゃいない。

真っ向勝負でパーティーに誘って、

行かないと言われても

 

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張り切って正装して、雨のなか ずっと待ってます。

交友関係が派手な人気者で、

魔女子サァーン!

なんて呼ぶからキキには不良(?)と思われてしまってるけど、

行動を見ていればキキと仲良くなりたいだけなのは一目瞭然!

大人になると、人はどうも考えることが複雑になって

考えすぎてしまったり

素直になれなかったり。

駆け引きしてみたり相手の腹の内を勘ぐることに躍起になって疲れてしまったり。

だから、わかりやすいアプローチとか誠実さとか、こういうまっすぐなコミュニケーションはつねに求めているし

きゅんとしてしまいます。

 

 

♦︎ ひとり立ちの物語

一人前の魔女になる。

それは、「一人で生計を立てること」と「自分がなりたいものになること」の2つの意味を持ったテーマ。

 

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やさしさに包まれたなら

この歌が本当に大好き。

自分があたりまえと思っていた生活が、すべて守られ、与えられてできていたものだと気づくのは

たぶん、家をでるとき。

なんでも揃っていたあの環境から

なんにもないワンルームへ引っ越して

なんにもできない自分から

なにかができる自分になりたくてもがく、

そのとき。

うまくいかないことがあっても、人との関わりの中で前の向きかたを学んでいって、ちょっと逞しくなる。

 

そんな、人生のなかで繰り返しおきる成長の物語の断片なのです。この物語は。 

 

 

 

#トンボ #魅力 #魔女の宅急便

ハッシュタグいっぱいつけときます。ふはは。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年・末

2017おわりました。

 

2018始まりました

 

平成30年です。

天皇陛下の退位が‘19年4月30日に決まっているので

平成の世も残り1年4ヶ月

翌年には東京オリンピックが待機

 

やっぱり、この辺で少なからず何かが失われて何かが始まるんでしょうなあ。

(´-`).。oO(できたらここでgo!go!vanillas の平成ペインを聴いてほしい)

バニラズ の「平成ペイン」は、昭和から平成を生きてる人タチと 平成に生まれて平成を生きてる人タチを合わせて ”平成” とうたっている曲なんですが

この曲生まれてて良かったなって思います。

きっとこの先の人には歌詞に織り込まれた時代の"雰囲気”が分からなかったりするんだろうな、なんて思いながら

生まれてこのかた平成を生きてきた平成っ子にとってはアンセム

経済と教育は真っ暗闇な時代だったかもしれないけど

それでも

自分の生まれた平成が愛しく思えます

 

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 .

 .

 .

 

 

2017年の年末は初めて、できなかったことへの後悔より歩を緩めずもっと先に進んでいきたい気持ちで終われた年でした。

現状に満足した訳ではないけど、かといってどこかの時点に戻りたい気持ちはない。やらねばならないことは来年やってやるぞという気持ち。

総じて、やりたいと思ったことはできていたかな。

 

ただこのブログに関して言えば

 

やっぱり 記事を書き溜めてしまっているのでもうちょっとその時点で更新したいなーっていうのはあります。

大体、文章の手直しをしているうちに次のイベントに突入している。

 


2017年はそんな感じでしたが

今年に入って思っていることは、お正月休み返上で働いている人と年末年始のお母さんは本当に偉い   ってこと。

世の人全ての休みが重なっていたら社会回りませんし、休みの人の楽しみも運営できません。

そして お母さんには正月休みも冬季休暇もないんだよなあ。

うちのお母さん見てて痛感しています。有難い。

 

 

 

スイッチが入るとき

私にとってスイッチが入るときはいつも、「くやしい」と思った時だったと思う。

「負けてたまるか」と思う時。

怒りもつよいエネルギーだけど、

誰かにぶつけてもいやな気持ちになるだけ。

 

でも、くやしい という気持ちは一気に放出したくなる。

そのためになにか行動をしたくなる。

自分にもなにかできるはず、と思う。

 

どんなに希望を持とうとしても自信は溜まらないのに

くやしい気持ちはそれを飛び越していく力があるなあと思うよ

 

泣きたいと思ったはずのできごとの根っこには

くやしい があるのかも。と思います。それに気づけたらあとはアクセルを踏むだけだね。

 

 

どうせ人と比べるなら、その人を超えるまで、だ

 

 

 

 

黒と白

先週、友達の舞台をみてきました。

 

私にとって友達は 全然連絡をとっていなくても

会えばついつい話し込むような人たちで

あんなにひとつのことしかしていなかったのが

それぞれに人生歩んでいるんだねえ。と思ったら

おもしろかったし居心地が良かった。

 

一点の強い個性が華やかで、なにをしてもその人とわかる

「黒」

 

驚くほどクセがなく繊細で、何者にもなれる

「白」

 

 

 

どちらも悩みの種になったりするけど

それでも強烈に素晴らしかった。

 

黒はどこにいてもそれとわかってクセになるし

白は美しくて、いつまででも見ていたくなった。

 

 

絶望するときのはなし

急に人生に絶望する時ってあると思うんだ

 

そういう時って、別に大袈裟な事件は必要ない。

フッとそんなスイッチが入ってしまう。

抱えている悩みが永遠に続く気がしたり

この先の人生がひどくつまらないものに思えたり

 

死にたいかといわれると死にたくないけど

できるものなら ブチッ    と

テレビの電源をコンセントから引っこ抜くみたいに

乱暴に 積み上げてきたものを無に帰したくなるというか。

 

 

 

目の前が真っ暗にみえてしまうことがあるよ 。

 

 

 

ただ落ち込むのと違うのは、そのスイッチが入ると

 

楽しいことしてみようとか

もう寝てしまえとか

 

その気持ちを解消する方向に頭が働かないこと

 

 

 

何もかも勝手に諦めていること

 

 

 

 

 

自分ダメだなあ。

 

と思っているだけなので

そのことを人に話して心配かけたくはないし

励まされたいわけでもないし

 

そうして1人頭の中からぬけだせなくなっていく。

 

 

 .

 

 

人と居ることは疲れるし傷ついたりもあるけど、

 

人と居れば、何にも関係がないところで元気を貰えたり

自分を少しはいい奴と思えたり、気がつけば笑っていたり

いつの間にかスイッチはオフになるものだよ

 

 

何を思ったとしてもまず、いま

そのスイッチが入ってしまっていると、気付くべきなんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

力いっぱい素敵な女性。

 

コメントこそしてなかったけどブログを見てた。

キャスターとしての彼女のことは綺麗な人だと知っているだけ

 

 

この一年で

闘病の日々を綴るようになり  そのなかで見つける幸せを綴り  家族への愛を綴り

 

 

本当に素敵な女性だ、どうか良くなってと思っていた。

人柄を、病気のせいで知った。

 

 

 

 

 

 

6月20日、亡くなる二日前

最後となってしまった記事さえも 画面の向こうの誰かの幸せな1日を願う気持ちで結んでいる。 タイトル「オレンジジュース」 

 

 

 

コメントを残そうとして、

 

いまさら何を書いてもこの向こう側に

あの人はもう居ないんだよな、  と思ったら書けなかった

 

 

 

書くなら今じゃなかった。

この時代なら届くことばもいまとなっては。

 

 

 

 

 

 

 

本当の遠くにいってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他人のことを思って行動し自分は二の次になってしまう

「いい人」ほど早くに、とはよく聞くし

 

他人に対して理不尽な「ずるい人」ほど

うまく生きてゆけたりするもので

 

 

 

 

闘病中でさえ世の人を救ってきた素晴らしい人を

こんなにもはやく連れていってしまうなんてやっぱり

 

不公平。理不尽だなこの世界

 

 

 

でも だからこそ  天の裁量に頼ってなんかいないで

素敵な人は周りの人が幸せにしてあげなくちゃ

 

 

かみさまが幸せな運命を用意してくれることを期待していないで

 

そばにいる人が

 

理不尽な人なんかよりずっと

幸せにしてあげなきゃいけないんだ

 

 

 

そう思った

 

 

 

 

 

 

身体には辛く、旅だった今も娘として 妻として 母として

もっと、  と思わないはずはないけれど

 

 

 

病気が公になった頃ご本人がBBC寄稿されていたように

 

病におかされたことは人生のごく一部で

力いっぱい幸せに生きていたから

 

 

 

 

幸せな女性だと言いたい

 

心に 留めておきたい。

 

 

 

 

 

彼女が語るはずのことばを代わりに話さなければならない家族を見ていると

やっぱり涙はでる

 

 

 

 

 

この世に残したことばが家族を守ってくれますように

 

 

 

 

 

.

 

力いっぱい素敵な女性  

 

麻央さん おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

My thoughts are with her family and friends.

 

 

 

 

始 .

人口1億2千万のうち、感動もありや無しやいつの間にか出逢っていく数ひゃく人

 

みんな画面には本音を吐くけどお互い隣にいる人のことどれだけわかっているだろう、

 

 

 

不思議だと思ったのだけど、悪いことじゃない。何でも知っていなくて良いし、大概は知らせないでいることがおもいやりだからね

優しさの数だけ知らないがあるような。だからあたりまえといえばあたりまえ。

 

 

自分の中ですら沢山のフキダシがぶつかり、重なりあっていて、自分の思った一瞬の気持ちをつかみ損ねているきがする。だからブログはじめてみます。

 

 

 

 

 

140字より長い文章をかけなくなったらお終いだ。

 

◟⌣̈⃝◞{ 322文字…}